自分の「ちょうどいい」を探すまで

自分のキャパシティを知った話

あとがき

描ききれなかったんですが、これは自分のキャパシティを受け入れた話でもあって。

もっと出来るもっと出来ると思っていた監査法人激務時代。でも今思うと「絵」を失うほどにやる意味とはなんだったのか・・・。(駆け出しにはある程度必要とは思う)

これは人によって違うけど、私にとっては「絵=自分」だと思っていて、それを忘れるほどにやることって?とふと我に返った時期があったわけですね。

ま、これは後付けで具体的には本当は子育てが始まってからよくよく考え始めたわけなんですが。子供より大事なものってあるんかい、自分?って。

でも、「子育て」も同じで。

我を忘れては子育てもうまくいかぬので、自分もバランス取れていないと

ってことで、絵を描ける余裕を持つことは自分の一つのわかりやすいバロメーターなのであろうと思っています。

絵をお仕事にもさせていただけてる今は、「趣味の絵も描ける程度の余裕」ということですね。

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