中学受験を強く勧めようとは思っていない理由

昔のイラスト(本文関係なし)

中学受験は今のところ強くすすめたいと思っていません。子供達に選択して欲しいと思っています。では、中学受験をして御三家に合格した私の場合はどうだったのかを振り返ります。

なぜ中学受験をしたのか

昨日の私の中学受験の話。

なぜ私は中学受験をしたのか、ですが。

ずばり、親に薦められたからです。(きっぱり)

それ以下でもそれ以上でもありません。ちなみに下にも書きましたが、私は中学受験をして良かったなと思っている派です。でも、子供達には強くは薦められないなという気持ち。

親がやれといったから、塾に通ったし、親が受けろと行ったから御三家も受けました。もちろん学園祭も見にいき、ここの学校の雰囲気がいいなと思ったから、という後付けの理由もありますけれど、やっぱり98%は親の意向です。

でも小学生ですから、致し方ないのかな、とも思います。

そして、あの頃の私に会えるとして、塾が嫌ならやめていい、勉強が孤独ならやめていいといったら、辞めたのかというと、そうでもないとは思うんです。

やっぱり親の期待に応えたいという気持ちがあるし、辞める勇気がないと思うのです。

中学受験は成功!でも、心にあるしこりはなんだろう?

結局私は無事に御三家に合格しました。

中学受験は大成功だったといえるはず。だから、子供達には超おすすめしたい!となるかというと、そうではない。

なんか心にしこりがあるんですね。

昨日も書きましたが、友人たちも素晴らしかった、卒業後のネームバリューもすごい。だけど、だからって、絶対に子供達に勧めたいわけでないんです。

なぜだろう?

塾は本当に嫌いだったんですよね。それに地元のお友達と本当に縁が切れてしまうことを感じたときの孤独感もありました。

でも親には言えませんでした

ここがなんとなくこじれのポイントだったようにも思います。

私のあの頃の気持ち

いまだに覚えています、夜中に勉強してひとり起きてる孤独感。「え、みんな寝てる・・」っていう気持ちになったあのときを。

やっぱり、親に気持ちだけでも寄り添って欲しかったなということかもしれません。

小学生だもの、より世間を知っている親がある程度誘導してあげる必要はあると感じます。そういう親の意向を汲み取りたいという子供の気持ちも存在していいと思うし、自然だと思うんです。

でも、その子供の中でも生じるさまざまな葛藤や気持ちがあったことを私は覚えていて、それがちょっとしたしこりになっているのは事実です。

結局強く薦められないのは・・・

中学受験は親の意向で始まり無事に終わった経験をしたわけですが、その途中過程がそれなりに苦しかった。でもそのあといいこともたくさんあったと言えます。私の場合は。

高い山に小学生のうちから挑戦するのは良いことかもしれないとも思っています。あの頃勉強したことは結構いまだに覚えていますし。

でもやっぱり孤独感が凄かったし、その気持ちを吐き出せなかったのが変なしこりになっているようにも思えます。

友達とのんびりしていたかったなという気持ちもありましたし、夜遅くまで塾だとかお正月も塾だとか合宿だとか・・・、これは小学生の頃にやる必要あるのかな?とかいまだに思ったりもしています。

あの頃の私を思い出しながら、親としてどう接したらもっとよかったのかな。そんなことを思いながら、中学受験の話を子供達としていって、決めていきたいと考えています。

それではまたお会いしましょう!

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